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横山裕の本名に驚き!父親や弟、家族間の苦労したエピソードも

横山裕さんといえば、関ジャニ∞のメンバーでもあり、明るい性格で常に周りの人を笑わせているイメージがありますよね。

そんな横山裕さんですが、どうやら壮絶な人生を歩んできたそうです。

今回は、横山裕さんの苦労したエピソードや本名について紹介していきましょう。

横山裕のプロフィール

横山裕3

名前 横山 裕(よこやま ゆう)
職業 歌手・俳優
生年月日 1981年5月9日
(投稿現在36歳)
出生地 大阪府
身長 176㎝
血液型 A型
所属事務所 ジャニーズ

横山裕さんは、2002年関ジャニ∞としてデビューし、「浪花いろは節」でCDデビューします。

現在は歌手だけではなく、トーク力の高さでバラエティ番組への出演や俳優としてドラマや舞台で活躍しています。

横山裕の本名に驚き!

横山裕1

実は、”横山裕”という名前、芸名だったのはご存知でしょうか?

本当の名前は「真島侯隆」さんなのです。

どうして、本名ではなく芸名で活動しているのか気になりますよね。

横山裕さん曰く、ジャニー喜多川さんが「侯隆(きみたか)という字が読めなくて、名前を覚えてもらうために変えたと明かしていました。

「裕」という名前は、ジャニー喜多川さんの口癖の「YOU」から取ったそうですよ。

それなのに、ジャニー喜多川さんは、横山裕さんのことを「ヨコ」と呼ぶのとか。

“ゆう”じゃなくて”ヨコ”なの!?とツッコミたくなりますね。

また、名前だけではなく苗字も違います。

ジャニーズ事務所に応募した当時は「横山」だったため、その名前で芸能活動をしていますが、両親の離婚で母親の旧姓「真島」に戻っています。

横山裕の父親や弟、家族間の苦労したエピソードとは?

横山裕2

横山裕さんは、3歳の頃に両親が離婚。

4歳の頃に母親が再婚しますが、義理の父親に邪険に扱われ祖父母に預けられることになります。

その間に弟2人が生まれます。
6つ下の勤さんと8つ下の充さん。

それでも一緒に住むことはなく祖父母の元で暮らしていましたが、横山裕さんが中学2年の頃に、祖父が病気になり母親たちと暮らすことになります。

しかし、義理の父親から意味もなく棒で殴られ続けていたそうです。

その後、横山裕さんが16歳になった頃に両親が離婚。

それからは、建築会社で働きながら家計を支えジャニーズのレッスンをする日々を送ります。

ジャニーズとして活躍するようになった頃、
2010年5月に母親が買い物中に倒れ、虚血性心疾患という病で亡くなってしまいます。
50歳という若さでした。

横山裕さんはソロツアーをしている最中で、コンサートを中止にする案も出たそうですが、中止にすると母親が悲しむということからコンサートは予定通り開催することに。

コンサート中は、何度も泣きそうになりながらも無事にやり終えたそうです。

後のインタビューでは、

「人生で一番泣いた・・あんなに辛いことは後にも先にもない」

と語っていました。

それからは2人の弟は「俺が面倒みる」と誓い、学費や生活のサポートをしたそうです。

横山裕さんもまだ若いのに、弟2人の面倒をみるなんて凄いですよね。

仕事で忙しくても休みの日になると弟たちと旅行に行ったりと家族の時間を作っていたそうです。

こんなにも壮絶な人生を歩んできたのに関わらず、母親、そして弟のために頑張る横山裕さんが素晴らしすぎます。

まとめ

・横山裕は芸名で、本当の名前は「真島侯隆」さんです。
ジャニーズ事務所に応募した当時は、義理の父親の苗字「横山」だった為、そのまま芸能活動をすることに。
その後離婚して真島になっています。

・名前の「裕」はジャニー喜多川さんが読めないということで口癖の「YOU」から取って付けたものです。

・横山裕さんは母親の離婚や再婚、義理の父親からの暴力など壮絶な人生を歩んできました。
しかし、その苦労を感じさせないほど、明るくてとても素晴らしい人だなと感じました。

以上、横山裕さんについてでした。

壮絶な人生を歩んできたの横山裕さんですが、その当時の話を笑い話にしてしてしまうほど、明るく振舞う姿にとても強い人なんだなと感じました。

だからこそ、幸せになってほしいですね。

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dgt

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